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[阿含桐山杯]趙治勲の還暦闘魂…準優勝でも光った

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▲還暦、趙治勲9段がそうそうたる若い強者の中で日本阿含桐山杯を準優勝した。 通算74回優勝した趙治勲は2002年から日本最多優勝者の名声を受け継いできている。

 

第23期日本阿含桐山杯決勝戦 
趙治勲、河野臨に半目逆転負け

'記録製造機'、'闘魂の勝負師'、燃える活火山'趙治勲9段(60)が惜しい準優勝をした。 趙治勲は8日日本、京都市で開かれた第23期日本阿含桐山杯全日本早碁オープン戦決勝で河野臨9段(35)に220手で半目敗れて優勝をのがした。 

3連勝で予選を通過した趙治勲は16人が競った本戦で大竹英雄、鈴木伸二、村川大介を順に破って決勝に上がった。 河野臨は本戦で石田篤司、羽根直樹、山下敬吾を破った。 前期優勝者であり7大棋戦を独占している井山裕太は16強で羽根直樹に敗れた。 

対局前までの相手戦績は趙治勲が6勝、河野臨が9勝。 ニギリの結果、趙治勲が黒を握ることになったのは気分が良くなかった。 今年日本棋院公式戦で趙治勲は白で13勝1敗(黒では6勝9敗)、河野臨は白で9勝2敗(黒では15勝11敗)をおさめて双方白番に強気を見せてきたため。

70手付近まで趙治勲が有利な形勢を導いた。 河野臨は不利を意識したように下辺で変化を求め趙治勲は優勢に変わりないというような着手を継続した。 その後には中央黒形の境界線がどうなるかが勝負。 そちらで80目程度を用意したが問題は楽観だった。 ヨセに入って緩い対応が結局半目逆転負けの原因になってしまった。



8期大会を優勝したことがある趙治勲の二回目の優勝は失敗に終わった。 個人通算75回優勝も次に延ばされた。 趙治勲は2002年から日本最多優勝者の名声を受け継いできている。 2位坂田栄男(他界)の64回に大きく先んじる(史上初めて日本7大棋戦を席巻した井山裕太は38回で7位)。 



日本最多である74回優勝記録保有 

百戦老将趙治勲は今年還暦をむかえた。 六才の時兄(チョ・サンヨンプロ)の手を握って日本に渡っていって半世紀の間韓国人の誇りを胸に抱いて数多くの足跡を残した。 日本囲碁史の記録は趙治勲によって新しく書き直された。

11才9ヶ月で日本棋院最年少で入段し、大三冠(日本3大タイトルである棋聖・名人・本因坊を同時保有) 3連覇および四回達成(1983年、1996~1998年)は永遠不滅の業績だ。

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▲大会二回目の決勝で優勝した河野臨9段。 プロ通算9回優勝だ。
 

この他にも1987年未踏地として残っていた天元戦を優勝することによって7大棋戦を一回以上ずつ優勝するグランドスラム達成、空前絶後の本因坊戦10連覇(1989年~1998年)も代表的な記録だ。 2003年には47才の年齢で三星火災杯を優勝した。

今年3月には非公式大会ではあるが棋戦優勝者どうし競った'オールスター戦'を優勝した。 また、昨年には病が重い妻を看病するために竜星戦決勝戦を棄権した事実が一歩遅れて知らされてファンたちの心を打つこともあった。


中国1位コ・ジェ9段との対決は不発になった。 中国と日本は両国で同じ阿含桐山杯名で施行中である優勝者どうし統合チャンプ戦を持つのだがコ・ジェは先週開かれた決勝でチェン・ヤオイェに勝って優勝した。 

選抜されたアマチュア20人と全体プロ棋士に門戸を開放する日本阿含桐山杯の優勝賞金は1000万円(約1億1000万ウォン)。 決勝戦は制限時間1時間30分、秒読み1分1回で進めた。
原文記事:HANGAME  

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