囲碁nTV(※2016/09/01の記事です)
日本で名門道場運営…洪清泉の盤上ストーリー

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▲ソウル、加陽洞(カヤンドン)で開かれた第4回マルグンセム杯子供囲碁大会。洪清泉が子供たちの対局の姿を見守っている。


ホン・マルグンセム(洪清泉・36)。簡単に忘れられない名前と派手なアマチュア大会入賞経歴(全国大会18回優勝、準優勝9回)で囲碁ファンたちにはかなりのプロ棋士よりさらに有名だ。2000年代初め国内アマ囲碁界不動のランキング1位だったがプロ舞台とは縁がなかったのか数回挑戦にもかかわらず、いつも入段に失敗した。その後、2004年突然韓国を離れて日本に渡っていった。

その後10年余りの歳月が流れて洪清泉は現在東京で本人の姓を取った‘洪道場’を開いて後輩の養成に努めている。日本で念願だった入段にも成功、昨年には天元戦本戦にも進出して二匹のウサギを全て捉えた。

8月16日ソウル、加陽洞(カヤンドン)タムラ英才館では‘第4回マルグンセム杯子供囲碁大会’が開かれた。この大会は全国アマ3段以上の小学生合計142人が参加したが全国トップの囲碁英才が総出動した。そして洪清泉と彼の父親ホン・シボム氏は4年この大会を後援している。

ホン・シボム氏(58)は囲碁大会場セッティングを専門にする業者‘クラブA7’の代表だ。一般には少しなじみがうすいこともあるが例えば‘囲碁大会デザイナー’と言おうか、大会場に碁盤セットとテーブル、椅子を配置して各種プラカードと広報物などを製作、設置する事を成す。 2003年から始めたがもう彼がいなければ韓国囲碁大会がどのように行われるのか心配になるほどだ。
 
息子清泉の日本進出も彼が薦めた。“韓国では入段しても年齢が上で大成しにくいと見ました。なのでいっそ日本に渡っていって本人がしたい仕事をする事も意味があると考えましたよ。困難も多かったはずなのだが本人が熱心に努力して定着したようでほほえましいです。”

マルグンセム杯は父と息子の合同作品だ。“私も幼い時大変な過程を踏んで囲碁勉強をしたので後輩の困難がよくわかります。試合と練習は違います。子供たちは試合を通じてはやく成長できます。大会を通じて‘勝つ味’を知るようになれば成長するために自らさらに努力することになりますね。 それで囲碁大会を開くことにしました。”今年は7人の日本の弟子を導いて韓国にきた。だが、入賞を望むにはまだ実力差があって一人も予選を通過できなかった。

2004年初めてオープンした‘洪道場’は東京杉並区に位置している。日本棋院から車で20分程度の距離。現在院生は30人程度だ。囲碁教室のように初心者中心に運営するのではなく、韓国の囲碁道場と同じ方式の入段志望生中心に運営されるので小数精鋭を維持している。

日本は木谷道場以来専門的な道場がなかったが洪清泉が数十年ぶりに再び道場文化を作り出した。当然日本最高の名門道場だ。、10年間で排出した入段者は13人。この中には藤沢秀行9段の孫娘藤沢里菜3段と新星一力遼7段なども含まれている。 

                         
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▲ホン・シボム(左側)と洪清泉親子。父親のホンさんは囲碁大会場セッティング専門業者を運営している。


“里菜は六才の時に私たちの道場に初めてきました。10年余り一緒に勉強したので弟子とみるより末っ子の妹のようで、娘のようです。入段以後にもしばしば道場を訪ねてきます。すでに女流タイトルを取ったので教えたやりがいがあります。おもしろいのは里菜のパパ、なので藤沢秀行9段の息子になるでしょう。 藤沢一就9段も現在囲碁道場を運営しているのだが自分の娘は私に送って勉強させました。おもしろいです。子供を本人が直接教えるのは本当に難しいらしいです。”

4年前入段した一力もやはり日本の新興強者でいつのまにかタイトルをうかがっている有望株。農心辛ラーメン杯世界囲碁最強戦日本代表で出場するほどの強者だ。

だが、本来指導者洪清泉が期待する弟子は別にいる。それは昨年入段した芝野虎丸2段。

“一力より3才幼いが(99年生まれ)素質がとても良いです。国内囲碁ファンたちも名前を記憶しておくほどの子供です。 入段2年目にすでに本因坊戦本戦リーグを目前に置いていて、この前新安で開かれた国手山脈国際囲碁大会に日本代表で出場する程実力を認められています。

将来現日本第一人者井山裕太を威嚇するだけのことはあります。 おもしろいのは昨年に私が日本で活動して以来初めて天元戦本戦に進入したが何故か初戦の相手が芝野でした。 結果ですか? もちろん負けましたよ。 だが、気分は悪くなかったです。”(笑)

質的にも量的にも日本一の道場と評価されているので日本プロ棋士も子供教育は先を争って‘洪道場’に任せる。現在往年の第一人者張栩9段の二人の娘と羽根直樹9段の兄弟姉妹、山下敬吾9段の息子が皆‘洪道場’で修学中だ。

洪清泉が日本でどのように評価されているのかがよく分かる部分だ。

韓国にまた戻りたくないのかと尋ねるとすぐに洪清泉は首を横に振る。“日本にきて私は囲碁でしたいすべてのことを経験しました。大会にもたくさん出て今は弟子を育てる事にやりがいを感じます。2000年代に入り日本囲碁が弱くなったが再び韓国、中国と肩を並べられるようにするのが私の夢であり目標です。

日本囲碁が生きてこそ韓国と中国も一緒に発展できると信じます。幸い可能性が見えます。日本棋士の間でもこれではいけないという自覚があってシステムと制度を変えていて強い新鋭が排出されています。見守ってください。”


記事出処-日曜新聞ユ・ギョンチュン
原文記事:囲碁nTV