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世界第一人者になった最下位少年-コ・ジェストーリー②
7才最下位少年コ・ジェの波瀾万丈サクセスストーリー   
 
夢百合杯優勝賞金が書かれたボードを入っている柯潔(左側).180万中国元(約3億3000万ウォン)の主人公になった。
 ▲夢百合杯優勝賞金が書かれたボードを入っているコ・ジェ(左側).180万中国元(約3億3000万ウォン)の主人公になった。  


※以下の記事は北京青年報チュ・ポン記者(北京青年報 褚鵬)の"囲碁天才コ・ジェの波瀾万丈囲碁ストーリー"をタイジェムで翻訳および編集しました。





1編に続き2編では天才棋士コ・ジェの成長過程と頂上に立つまでの苦難と逆境を扱う。

 

1編でも質問した内容だが、勝算95%発言がとても大きく話題になってこれに対していくつかさらに質問をしなければならないようだ。95%発言は相手方の士気を押そうとする言葉なのか? 
 
そのような部分もなくはない。 私が思うに、結局プロ棋士は成績でものを言わなければならない。 成績が従わない発言は虚勢に過ぎないことではないのか。

 

63才ニェ・ウェイピンが引き続き夢百合杯決勝五番勝負を見守った。 検討室で初めから最後まで全て研究し、決勝期間中二回もcctv生中継解説者に出た。 特に最終5局生中継解説当時には中国検討室でコ・ジェが負けたと判断する時、ニェ・ウェイピンだけは最後までコ・ジェに信頼をよせた。 

 柯潔の師匠ニェ・ウェイピン
▲コ・ジェの師匠ニェ・ウェイピン. '鉄の守門将','大陸のツキノワグマ'など多くのニックネームを持っている中国の囲碁英雄だ。 

 

ニェ・ウェイピンが決勝5局の解説を終わらせた直後、コ・ジェがくれば殴ってあげたいといったが、どう思うか?
 
とにかく勝ったので見ていただけたことと考える(笑). おそらく先生も心の中ではとてもうれしいだろう。

ニェ・ウェイピンはコ・ジェに特に良くするようだ。
 
試合が終わった後、先生が私の手を握って"私の心臓が良くない。 君は知っているか。 実際cctvでは私の健康のためにひょっとしたら事故がおきるかと思って救急車まで準備していた。 万一、生中継中に君の失敗に私が頭にきて心臓が悪くなれば医師がすぐに入場しなければならない状況だった"と話された(笑).

ニェ・ウェイピンが良くする理由は幼かったとき弟子だったためか?
 
私の感じではニェ・ウェイピン先生は若い棋士皆に良くするようだ。 7才の時、北京にあるニェ・ウェイピン道場に囲碁留学をしたが、実際にニェ・ウェイピン先生と対面する機会はあまりなかった。

当時幼かったために遠くから見つめるほかはなかったようだ。
 
そうだった。 ニェ・ウェイピン道場にはプロになる時まで3~4年ほどいたが本当にニェ・ウェイピン先生にあまり会えなかった。 その当時土曜日に来られて講義を一度した。 講義時間には多くの人々と共に見るほかはなかったが、私が背が低かったために人々の隙間から見るのだが大変だった。 それでもその時習った事が本当に多かった。 
 
何日か前にタクシーに乗って中国棋院に行った時にタクシー運転手が"ひょっとしてプロ棋士ではないのか? 幼い年齢ですでに9段なのは本当にすごい。 ところであなたとニェ・ウェイピン先生が碁を打てばどちらが勝つか?"このような質問をした。 ニェ・ウェイピン先生が今は碁を打たないけれどすべての中国人はやはり囲碁と言えばニェ・ウェイピン先生を一番最初に思い出させる。

ニェ・ウェイピンのような棋士になりたいか?
 
当然だ。 人々が私を記憶すれば良いだろう。 中国に若い棋士が多くなったがそれだけプロ棋士の顔を記憶することも共に難しくなった。
それで私はより一層努力して囲碁を新しい感じでファンたちに伝達して、おもしろい言葉もたくさん言おうとする。 しかしこういう話をするには実力が後押しされなければならない。 成績でものを言わなければどんなおもしろい言葉を言っても虚勢に過ぎないためだ。

 浙江省丽水出身の囲碁神童柯潔
▲浙江省丽水出身の囲碁神童コ・ジェ. 
 

7才の時に北京に囲碁留学にきたが、幼い年齢なので苦労が多かったようだ。
 
幼かった時に聞いた歌のうちに'北京、天安門を愛する'という歌がある。 中国人ならば誰でも分かる歌だろう。 北京に上がってきた直後にはこちらがとても良いと思った。 全てのものが新しかったしおもしろい仕事でいっぱいだった。 紫禁城など各種名所を歩き回って毎日遊んだ。 だが、ちょうど1年が過ぎるとその時からは家に帰りたい気持ちがした。

北京での生活がかなり苦しかったか?
 
例えるなら境遇が完全に逆になったことだと話すことができる。 故郷にいた時、私は子供の中の王だった。 囲碁も一番上手く打った。 しかし北京に来ると瞬間的に咲いた花が新芽に戻ったも同様だった。 北京は各地域から一番優れた棋才だけ集まる所だったから競争がとても激しかった。 毎日負けたり勝ったりを繰り返す生活だった。 それを耐え忍ぶことができなければ落伍してしまう.

コ・ジェのような7~8才の子供たちには囲碁を習うことがつまらないことではないのか?自発的に勉強する時があったのか?
 
北京にきて囲碁を習う目的はひたすらプロ棋士になるという夢のためだ。 大多数が自発的に勉強した。 そのような覚悟がないならばあっという間に淘汰されるためだ。 ここはそのような残忍な勝負の世界だ。

ニェ・ウェイピン道場の宿泊条件は大丈夫だったのか?
 
生活師匠が気を使ってくださって大丈夫だった。

 
そばにいたコ・ジェの母が補充説明に出た。 "一年の学費が5万中国元(約900万ウォン)だった。 8人が一部屋で生活し、2段ベッドで寝た。" 

 

当時一クラスに何人程度がいて、コ・ジェは何位だったか?
 
2~30人程度だったが瞬間的に最下位になった(笑). 当時は私の基礎が弱かったしその時天才がとても多かった。 例えばパン・ティンウィ(范廷鈺)がいたが、私より棋才が先んじた。 同じ道場でも囲碁が弱ければ無視された。 それで当時には他の友達がみな私を見下した。 その時は女子学生にも負けた(笑わないでください).

コ・ジェにもそのようなみじめな経歴があったというから、おもしろい。
 
実際痛みをたくさん体験した。 初めて入段大会に出て行く時、当時200位であったが、その次の年には257位であった。 本当に展望が見られなかった。

ずっと苦しかった点だけ話しているが、事実2011年国家少年隊に入った以後には成績が悪くなかった。
 
2009年から3年連続国家少年隊選抜戦に参加したが、成績があまり思わしくなかった。 当時の上手はリー・チンチョン(李欽誠)だった. 最初の選抜戦では後ろから2番だった(笑). 二回目の出場ではビリになった。 しかし2011年三回目の出場でいよいよ1位になった。

本当に耐え抜くのが容易でない過程をだっただろう。
 
私は年齢は幼いがそれでもプライドがある方だった。 一時は本当にあきらめたかった。 しかしその時、囲碁を一度負けても自分が弱いと考えないで克服しようと決心した。 家に帰りたい考えが切実だったが、毎日囲碁でビリになっている状態で故郷に戻れば家族と親戚らの顔を見る面目がないと考えた。 頑張って勝ち抜こうと考えた。

 幼い時期の柯潔
▲幼い時期のコ・ジェ(右側). 

 

プロになった直後でもすぐに注目をあびたことではなかった。その時からヒョクソン(タイジェム)で今まで4000局を対局したと明らかにしたIDがまさに'潜伏(Lurk(P))'だった。そのようなIDを作ったきっかけはあるか?
 
2011年当時中国で最も人気があったドラマのタイトルがまさに'潜伏'だった。潜伏というドラマは1940年代国民党と共産党の情報戦を含んでいる。事実ID代表イメージも潜伏ドラマ ポスターだ。当時父がそのドラマを好んで見られ、それで'潜伏'というIDを作られた。




一方'中国タイジェム'ヒョクソンの囲碁ファンたちは公式的なドラマのタイトルである潜伏の代わりに、コ・ジェにスパイ(特務)という新しいニックネームを付けた。 当時コ・ジェが幼い子供だったために小さい小特務、中国発音で'シャオターウー'という愛称が今まで呼ばれている。

'シャオターウー(小さいスパイ)'コ・ジェは入段直後難しかった時期、ヒョクソン(タイジェム)に'潜伏'しながら一日に5~6対局ずつ韓国プロ棋士らと真剣勝負を行った。 運が良い日にはパク・ジョンファンのような上手とも打つことができた。 このように4年の間に何と4000局の碁を打ったあげくコ・ジェは自分だけの剣を作った。



コ・ジェはヒョクソン(タイジェム)対局室でとりわけ韓国棋士との対局に固執したりした。その理由は何だったか?
 
過去中国が韓国囲碁に押されて連戦連敗する時、韓国に必ず勝つという考えをたくさんした。 2004年に私が囲碁を習い、その当時には古力が成績を出す時期だったが当時数多くの中国棋士が重要な勝負の時ごとに韓国に惨敗にあっていた。 たとえ公式試合ではないが、私がヒョクソン(タイジェム)対局室で韓国棋士に勝つならば中国棋士として自尊心をたてることができると思った。

現在の世界囲碁の地図に対してはどう思うか?
 
中国が韓国にはっきりと勝ったという話はまだできないが少なくとも最近数年間伯仲の勢いは維持してきた。 そして現在私が世界タイトルを3つも持っている。 したがって今ならば中国が韓国に少し先んじていると話すことができないだろうか。 
 
事実中国の'90後'棋士は多くの努力をしている。 彼らもまた出てきて同じようにヒョクソン(タイジェム)対局を楽しむ。 私たちはヒョクソン(タイジェム)対局を通じて大勢感覚と微妙な部分での処理のようなものがとても強くなったと考える。 インターネット囲碁を好きなだけ打つことができた環境のおかげで中国囲碁の質的向上がなされたものと考える。
 

今後の囲碁普及に対する責任感を感じるのか?
 
もちろんだ。 事実私が夢百合杯で勝算95%云々して大声を上げた理由のうちの一つがスポンサーを楽しくさせるためであった。 このような部分はスポンサーがより一層注目をあびるために若干わざとしたのもある。 囲碁大会を後援するスポンサーがたくさんできれば私たちの棋士にとってみな良いことではないのか。 
 
昨年リコー杯が廃止されたせいでプロ棋士が皆心を痛めたし若干の危機感もあった。 過去にはスポンサーが金を出して囲碁大会を後援する理由は囲碁が好きだったからだ。 別途の恩返しを望んでしたことではなかった。 しかし今はビジネス社会であるから来る事があれば行く事もなくてはならなくないだろうか。



棋士としてスポンサーがどんなものを得ることを願うのか?
 
私はスポンサーが金銭的にも多くの利益を得ることを望む。 時には私が格別心配をつくすのかと思われたりもする(笑). 今回の夢百合杯決勝でも私が大きい声をちょっとあげたせいで囲碁が大きく注目をあびて視聴率がたくさん高まったと聞いた。

古力の全盛期の時でも囲碁が今日のように大きい注目はあびられなかった。 このような効果を得て本当にうれしいと考える。 もし今回の決勝戦をきっかけに囲碁を後援するスポンサーが多くなれば囲碁棋士の生計の心配もなくなって中国囲碁界もまた、良い方向に行かないだろうか。

そのような考えを持っているとは知らなかった。
 
すべてのイベントは情熱だけではいけない。 また、芸術分野はそれを注目する人がいないならばすぐ消える。 囲碁も若い人々の参加が増えてこそ維持されることができる。 そのためにはより若くより活力ある方法を誰かがリリースするべきではないだろうか。

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▲中国女1位ウィ・ズィン(左側)と現世界第一人者コ・ジェ.1997年生まれ同年齢である二人は共にタイジェム対局を楽しむ。  

原文記事:タイゼム - 大韓民国1位囲碁サイトTYGEM.COM おすすめ記事セレクション

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