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[毎経が会った人] 3大棋戦席巻'囲碁未来権力'パク・ジョンファン9段(※2011.10.28 の記事です)

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インタビューする事が難しい人物がいる。 会うこと自体が大変な時があり、簡単に内心を打ち明けなくて使う言葉を探す事に難しい事例もある。 KBS囲碁王戦と富士通杯に続き最近毎日経済新聞が主催するGSカルテックス杯プロ棋戦で優勝して現在3冠王に上がっているパク・ジョンファン9段(18)もそのような人物だ。

いや、そうだと思って早合点したというのが合っているだろう。


去る25日午後、難しく時間をあけたパク9段を初めて見た時、彼はソウル弘益洞(ホンイクトン)に位置した韓国棋院理事長室でカメラマンと揉めていた。 揉め事として争っていたという話ではない。 もう少し自然な写真を作ってみようとする意欲に満ちたカメラマンとぎこちないながらも熱心に助けてみようとするパク9段があたかも揉め事を行うように感じられたという話だ。

そのような姿がかなり真剣に見えたし身近に近づいた。 突然一人の招かざる客にさらに会ったパク9段は鼻下へ落ちたメガネを指で持ち上げてかなり警戒する視線で眺める。



チョ・フンヒョン-イ・チャンホ-イ・セドル後に続く'未来権力'

何かその警戒心をとく質問が必要だった。 それで身長がものすごく大きいように見られるが、身長はどれくらいで、好きな運動があるのかと尋ねた。 返事は初めから最後までほとんど短文だ。 "182㎝です。" "サッカーが好きです。" "することは良くなくて、見るのが好きです。"


事実常に座っている姿を見たためかパク9段がこんなに背が高いこととは想像できなかった。 囲碁の代わりに運動をさせても何か大変なことを成し遂げたのではという気がする。


パク9段の趣味は少女のようだ。 同じ年頃ならば過激な運動やコンピュータゲームのようなものが好きだっただろう。 だが、音楽鑑賞と映画鑑賞が好きで、家の近所を散歩するのを楽しむという。 それでも映画ジャンルではアクションやスリラーが好きなのを見ると彼の胸の中にも熱い'男の血'が流れているようだ。


警戒心が消えたのを確認して用心深く取り出した質問は'韓国囲碁の未来権力'として呼ばれるという事実を知るのかどうかだ。

質問が気持ち良かったようだ。 中に潜り込んでいく声で"そうですね"としながらもパッと笑う。 その姿から全く問わない純粋さを探すことはそんなに難しくなかった。


"今後もさらに熱心にすることではないか"という返事が続く。 "イ・チャンホ、イ・セドルを繋ぐ期待の主だと感じて付けた愛称"とあえて説明をつけたら再び笑いで受ける。


ここ数年の間、中国囲碁が急に強くなって韓国囲碁は危機感に捕らわれている。 中国が敬ったイ・チャンホの後に続いてイ・セドルが韓国囲碁を支えているけれど一人の力では衆寡不敵だ。 この時、パク・ジョンファンが花をパッと咲かせ始めると韓国囲碁は千軍万馬を得た気持ちであろう。


光を放ち始めたパク・ジョンファンに対して周辺では称賛一色だ。 彼の師匠グォン・ガプリョン7段は"私の弟子だが気味が悪いほどだ。 恐ろしく冷静で内側を表わさない"と話し、ヤン・ジェホ9段は"普通の物差しでは理解することはできない早さが彼にある。 すでに高い境地に達した。 幼かった時は神童で今は当代をぎゅっとつかむ天才になった"と高く評価したことがある。


日常的な姿とはあまりにも別の囲碁棋風

パク9段は静かだ。 とても静かだ。 とても小さく言うので何度も問い直したりした。 それでいくつかの返事を望んで'自身の姿で最も変えたい事は何か'と尋ねた。 やはり予想した返事が出てくる。 "私の性格がとても内省的なので変えたいです。 活発な性格に変えたいです。"


突然に寒くなった天気のせいなのか鼻をすする。 "とても寒いのではないのか"と心配したところ大丈夫だとし話をつなぐ。 "囲碁では若干浅はかな失敗をするので、そのようなことを補完したいです。"


パク9段はいつもそのような姿だ。 今年富士通杯で優勝して家族が祝いメッセージを送ったところパク9段は"空港に誰も出てこないで"と電話をしたという。


イ・セドル9段を越えたいかといったところ"そのような表現は嫌いだ"として"ただ世界最高の囲碁棋士になりたい"と答えた。


イ・セドル9段が真っ最中浮かび上がって、イ・チャンホ9段が負け始めた頃にイ・セドル9段にインタビューしたことがある。 その時イ・セドル9段は自身の目標は当然世界最高でイ・チャンホ9段を越えたいといった。 イ・セドル9段のような猪突的な姿はパク9段には見当たらない。

だが、囲碁は日常の姿と完全に違う状況だ。 碁盤に座ればパク9段はいつのまにか'グラディエーター(剣闘士)'に変わる。 イ・チャンホ9段とイ・セドル9段のうちでどちらにさらに似ていたいかといったところよどみなく'イ・セドル'とのことだ。 理由も明らかだ。

"戦闘的なのが大好きです。 私も戦い囲碁が好きです。"


パク9段をよく知っている周辺では彼の棋風に対して"イ・セドル9段のように乱打戦で相手の魂を抜いておきながらも実利を取りまとめる戦闘型がまさにパク9段の棋風"と評価する。


また、一部ではイ・セドル9段だけでなくイ・チャンホ9段の棋風もパク9段から見つけることができると感じる。 かえって表面で光を放たないで内心光彩を抱いているという点ではイ・チャンホ9段とさらに似ていると見たりもする。

昨年末アジア競技大会でパク9段と共に囲碁2冠王に上がったイ・スラ3段にインタビューしたことがある。 その時イ・スラ3段もパク9段と同じ返事をした。 攻撃的ながらも精巧さが宿ったイ・セドル9段の棋風に似たいということだ。

二人の返事を級み合わせてみればアジア競技大会混成ペア競技でパク9段とイ・スラ3段がペアになって金メダルを首にかけることができたことは性格は違うが囲碁棋風がとても似ていたからだったということを知ることが出来る。


パク9段の囲碁は非常に攻撃的で火のようだ。 勝つ時は熱く中押し勝ちが多くて負ける時は逆転負けが多い。 囲碁も簡単にあきらめないほうだ。 天才的才能はイ・チャンホ9段と似ていて後退を知らずに戦いを拒まない囲碁スタイルはイ・セドル9段と似ているという評価を受ける。


だが、パク9段にも短所はある。 パク9段自らも悟っているけれど流れや雰囲気にとても左右される成績が問題だ。 今年彼は12連勝をしたことがあるが7連敗にあった記憶もある。

富士通杯優勝後にもその後遺症のせいなのか以後1勝6敗で奈落に落ちることもあった。
"コンディションが良くない時は自信も共に落ちます。 それでずっと負けるようです。"
自身を知るということはいつかそれを克服できる力になる。

パク9段も本人の問題点をよく知っていた。 それで彼が望む囲碁は失敗をしない囲碁だ。 勝敗を離れて対局が終わった時、物足りなさが残らない囲碁、それがパク9段が選ぶ囲碁スタイルであるわけだ。


この前会ったソ・ポンス9段はパク9段に対してこうした話を残した。 "復碁をするのを見ればその棋士の指向をよく知ることが出来ます。 パク9段は復碁をする時本当に誠心誠意を尽くしてします。 そのような囲碁棋士には未来があります。"



6才時囲碁開始…性格はイ・チャンホ似ていて棋風はイ・セドルと類似

事実パク・ジョンファン9段が今年富士通杯で棋戦史上最年少で優勝する前までもイ・セドル9段をつなぐには2%不足するという疑問を払い落とせなかった。 国内棋戦では何回か優勝した経験があるが世界大会に出て行ってはこれという力を出せなかったためだ。

パク9段が碁を打ち始めたのは6才の時であった。 親戚が碁を打つ姿を不思議に見守った幼いパク・ジョンファンが囲碁を習いたいと言ったのだ。 お父さんやお母さんとしては、法務官である兄とは十二、姉とは十才も違いが生じる目に入れても痛くない'年老いて産んだ息子'が囲碁をするという事がそんなに感服できなかっただろう。 囲碁の道が険しいということをよく知っているからだ。

だが、両親は息子が望む事を折らなかったし天才的才能を見せたパク・ジョンファンは小学校1学年の時、本格的な囲碁授業を受けるためにソウルにあるグォン・ガプリョン道場に入ることになる。 小学校3学年から韓国棋院研修生になったパク・ジョンファンは13才であった2006年プロに入段する。


幼い時見えた天才的才能に比べてプロ デビュー後の成績は明るく光ることはなかった。 2009年十段戦と天元戦、今年の初めKBS囲碁王戦まで国内大会で五回頂上に上がった事が全てであった。

11才プロ入門、13才タイトル獲得、15才41連勝、19才歴代最多13冠王など世界囲碁史に巨大な足跡を残したイ・チャンホ9段に名刺さえ差し出すことのできない水準だ。

去る8月富士通杯で優勝する前までもそうだった。 だが、18才7ヶ月の年齢で大会最年少優勝するとすぐに状況は急変した。 これに先立ちパク・ジョンファンは歴代最年少9段の栄誉も抱いた。 パク・ジョンファンは昨年末アジア競技大会2冠王に上がった功労を認められて17才11ヶ月の年齢で9段に上がってパク・ヨンフン9段の19才3ヶ月記録を1年4ヶ月短縮した。

そして最近GSカルテックス杯でパク・ヨンフン9段を3対0で完勝して優勝を加えて今は確かにイ・チャンホ-イ・セドルを繋ぐ次世代走者として遜色がなくなった。 パク9段はライバルとして'自身'を挙げた。 "ライバルですか 自分自身でしょう。 熱心にしないとする私がすぐにライバルです。"


パク9段には囲碁が全て。 時折休む時を抜いては常に囲碁を考える。 それが習慣になって久しい。 パク9段は今年三回優勝して頭角を現わし始めた原動力を以前より成熟して経験が積もったことだと言った。 それと共に彼は'世界大会でグランドスラム'という夢を用心深く話した。 世界大会を全一回ずつ優勝するのはまさに世界最高ということと同じ意味だ。



18才の少年棋士は同じ年頃の面白味を調べてみたこともなくて分かりたくもない。 彼はすでに盤上の世界だけで感じることができるぴりっとした勝負の妙味を知ってしまった。 "他のことは別に関心がありません ただ優勝する時が最も良いです。 それが世界大会でも国内大会でも。"


少年棋士の明るい笑みの中には希望と共に一度食いつくとのがさない勝負根性が共存していた。 2010年広州アジア競技大会で囲碁2冠王に上がって軍免除まで受けて支障がない彼には前に進むことだけ残った。



■ He is…

1993年1月11日生まれ。 6才で囲碁に入門し13才の時である2006年プロに入段した。 チュンアム中学とチュンアム高校を卒業。 2009年十段戦と天元戦で優勝し、その年囲碁大賞新鋭棋士賞を受けた。 2010年広州アジア競技大会に囲碁国家代表で出場して男子チームと混成ペアで2冠王に上がった。 その年12月には17才11ヶ月の年齢で9段に上がって国内最年少入神(九段)昇段記録を書き換えた。

2011年3月KBS囲碁王戦で優勝し8月には富士通杯で18才7ヶ月で大会最年少優勝記録を立てた。 10月にはGSカルテックス杯プロ棋戦で優勝してシーズン3冠王に上がった。

[オ・テシク記者/写真=イチュンウ記者] 
原文記事:::毎日経済証券