敗北、それも運命…大変だけど碁を打つと人生がおもしろい 

[中央日報]特別対局のために訪韓趙治勲9段

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▲曺薫鉉9段(右側)と趙治勲9段がイ・セドル9段と共に勝負所を探って復碁している場面


韓国・日本囲碁の生きている伝説趙治勲(59) 9段. 去る26日彼が人々に顔を表わした。 寡黙で決然とした過去の彼ではなかった。 曺薫鉉9段との記念対局があきれる時間敗で終わったのに彼は勝負師の自己恥辱感を表わさなかった。

“囲碁が弱くなると人が立派になる”として淡々として、進行者がユーモア感覚をほめるとすぐに“(私を)芸能界に紹介してほしい”と一段もっと上げた。 対局相手であった曺薫鉉9段はもちろん後輩ユ・チャンヒョク、イ・セドル棋士などと温かい微笑をやりとりして復碁とインタビューをする場面は胸がじいんとするほどであった。 1986年全治25週の交通事故に遭うとすぐに車椅子に座って対局した冷たい勝負師の内面には暖かくて情感あふれる韓国人が入っていた。

彼と別に会った。 カラオケまで続いた酒の席. 彼は囲碁と人生を打ち明けた。

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▲日本に囲碁留学に出て当時世界最強だった日本囲碁を平定した趙治勲9段.彼は“人生はとても短い。そのまま通り過ぎるようだ。死ぬ前に必ずもう一度韓国で暮らしてみたい”と話した。


-時間敗で勝負が決まるとは予想できなかった。

 “大丈夫だ。 それも運命だ。”

 -韓国にくれば所感が格別なのか。

 “好きな人々に会うことができて気持ちが本当に良い。 韓国ファンたちが好きでとても幸せだ。 韓国ファンたちの前で話すことができる機会をくださって心より感謝する心情だ。”

 -韓国はどんな所なのか。

 “6才で韓国を離れて今まで日本に住んでいる。 ところがいまだに韓国を思い出す。 日本に住むとかえって韓国を愛する心がもっと大きくなるようだ。 ”

 -思ったより韓国語が上手だ。

 “韓国語で伝えたい胸の中の話が本当に多い。 だが、韓国語をよくできないから思いのままにうまく言えない。 恥ずかしい。”

 -韓国語の勉強方法を一つ.

 “以前には韓国映画やドラマを見て韓国語勉強をした。 ところが最近韓国・日本関係が悪くなったのでTVから韓国ドラマが消えた。 本当にさびしい。”

 -日常生活でも不便を感じるほどなのか。

 “何年か前のドラマ‘冬のソナタ’でヨン様(ペ・ヨンジュン)が大人気を享受する時は韓国人といえば日本の人々が皆好きだった。 だが、今は韓国人といえばみな嫌いなようだ。 最近では我が家にかかった‘趙治勲’という韓国の表札を見て石を投げた人もいた。 ”

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▲1962年6才だった趙治勲が叔父チョ・ナムチョル9段(右側)と共に日本に留学に出る姿.[中央フォト]


-あなたにとって囲碁というのは。

 “もし囲碁がなかったとすれば私の人生はかえって幸せだったかも分からない。 ところが人生が幸せであれば生きるのがつまらなかったようだ。 不幸で大変なので人生がおもしろい。 難しくて大変な囲碁なので私の人生はおもしろい。 それで私は碁を打つ。”

 -最近の囲碁勉強方法を一つ.

 “対局がある木曜日を除いて毎日午後3時から深夜12時までご飯を食べる時間以外は8時間ずつ研究する。 過去に囲碁が強かった時は一日に2時間も勉強をしなかった。 ところが今はその時よりはるかにたくさん勉強しても実力が再び強くならない。 ”

 -それでもずっと勉強する理由は。

 “私は日本棋院から対局料をもらう。 囲碁に勝とうが負けようが日本棋院からお金が出てくる。 思わしくない碁を打った時は金を受け取るのが恥ずかしい。 それで毎日勉強する。 勉強するという事実自体が私自身に重要だ。”

 - “命を賭けて碁を打つ”という話、今でもそうだろうか。

 “そうだ。”

 -囲碁の魅力は。

 “囲碁はいくら熱心に勉強してまた勉強をしても分からない事が多い。 知れば知るほど分からないという点が人と似ている。”

 -期待される韓国棋士1人を挙げるならば。

 “キム・ジソク棋士だ。 インターネットでキム・ジソク棋士の棋譜が上がってくれば一番最初に取りまとめてみる。 囲碁内容が本当に良い。 同じ韓国人として誇らしいということを感じる。 ”

 -記憶に残る他の韓国棋士は。

 “イ・チャンホ棋士が本当に囲碁を上手く置いたのに最近は簡単な失敗をたくさんする。 本当に涙が出るほど悲しい。”

 -曺薫鉉9段と長い間のライバルで知られている。

 “ライバルというよりは尊敬する先輩だ。 今回の対局を控えてどのように勝つことができるか方法を研究した。 だが負けた。 先輩にうらやましい事があるならば兄嫁との間柄が本当に良いという点だ。 私が未婚の時、先輩があまりにも兄嫁を取りまとめることを見て結婚したくないと話したこともあるほどだ。 ”

 -囲碁のほかに好きなものは。

 “ゴルフが好きだ。 人々と酒を飲んで歌を歌うのも好きだ。”

 -酒量はどれくらいになるか。

 “飲んで倒れる時まで飲む(趙治勲9段は対局後酒の席で人々が薦める酒杯を遠慮しないで全て受けて飲んだ). 倒れれば寝て起きてまた飲む”

 -好きな韓国歌手がいるか。

 “イ・ミジャ、イ・ソンヒ、ソン・シギョンだ。 三人ともみな声がとても良い。 イ・ミジャは日本に公演しにきた時会ったことがある。 イ・ソンヒとソン・シギョンはまだ会ってみることができてない。 必ず一度会いたい。” 

 -最近悩みがあるならば。

 “妻の事がひどく心痛い。 癌闘病中なのだが病院で最後を送りたくないといって家で療養中だ。 結婚して40年近く互いに愛しあって生きてきたが一日一日がとても心痛くて大変だ。”

 -今後の計画は。

 “ない。 ただし死ぬ前に少しの間でも韓国で暮らしてみたい。"

 

◆趙治勲9段=1956年釜山(プサン)生. 通算71回タイトル獲得(日本歴代最多). 大三冠(棋聖・名人・本因坊同時保有)通算4回. 1987年史上初めてのグランドスラム(日本7大タイトル制覇)達成. 棋道賞最優秀棋士賞9回、秀哉賞)8回受賞.

[出処]この記事は7月30日中央日報にチョン・アラム記者が書いた文です。
 
原文記事:敗北、それも運命…大変だが碁を打つと人生がおもしろい

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