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キム・ジソク ストーリー/ "ジョンファンからメールをもらって感動しました"
 

■囲碁人生の派手な2幕を開いたキム・ジソク9段 

11年かかった。 プロ棋士になって誰もが抱いて育てる夢、世界大会優勝. 念願を叶えるまでにはぴったり11年1ヶ月がかかった。 2014年12月10日. 三星火災杯を自身の初めての世界大会優勝で飾ったキム・ジソクは普段からも輝いていた顔がさらに輝いた。

24才5ヶ月の世界大会初優勝は10代の時に成し遂げたイ・チャンホ、イ・セドル、パク・ヨンフン、二十才で成し遂げたチェ・チョルハン、カン・ドンユン、20代始めに成し遂げたパク・ジョンサンよりは遅れて、ペク・ホンソク、ウォン・ソンジンよりは若干はやい。 韓国棋士では13人目のメジャー優勝者隊列に名前を上げた。

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▲ 2003年入段頃の少年キム・ジソク.
 

1989年6月13日ソウルで生まれて、大学で学生たちを教える父について光州(クァンジュ)で幼年期を送ったキム・ジソク(父は慶南(キョンナム)、密陽(ミリャン)出身だ). 囲碁愛好家である父の影響で五才頃に初めて手にとったその時の碁石が一生の業になるだろうとどうして分かっただろうか。

兄にも囲碁を習うようにした父はある日幼い二人の息子を共に呼んで話した。 "君たち二人のうちで一人だけ囲碁に専念して、もう一人は勉強をしたらと思って。"

兄弟は碁盤を間に置いて父が見守る中で真剣勝負(?)を行った。

"実際その時はとても幼くてその内容をよく覚えてなかったが、しばらく前に兄がその話をしましたよ。 今私が碁を打っていることを見ればその時兄に勝ったと見ます。"

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今日のプロ棋士キム・ジソクはそのようにして第一歩を踏んだ。 そして遠からず囲碁授業を本格的に受けにソウルに上がった。 小学校入学後には韓国棋院研究生になった。 週末ごとに母が運転する車に乗ったり、高速バスで光州(クァンジュ)とソウルを行き来する800リギル強行軍をした。

教授の父と薬剤師の母の遺伝子を受けた明晰な頭脳を持って生まれた才能は彼を日進月歩させた。 六才の時、囲碁TV開局特集プログラムでチョ・フンヒョン9段に4子指導碁を置いて'囲碁神童'としてうわさが立った。 小学校2学年時には二子で快勝をおさめた。 

"久しぶりに'モノ'が出てきた"として少年キム・ジソクの棋才に感心したチョ・フンヒョンはイ・チャンホに続き二番目の内弟子に受け入れる心まで持った。

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'チョ・フンヒョンの内弟子'はなされなかった。 7年余り住んでいるとかいないとか足音一つ出さなかったイ・チャンホとは対照的にあらゆるいたずらをして上下に飛び回るいたずらっ子キム・ジソクを見たチョ・フンヒョン9段の夫人ジョン・ミファ氏が"とても大変だと思うのであきらめましょう"と夫を説得したというエピソードは有名だ。

"10日予定で‘テスト’を受けるために入ったが一週間あまりで追い出されました。 おもちゃやゲームなど珍しくて面白いことがとても多くて、我を忘れて遊んだ事を思い出します"としてキム・ジソクは当時をぼんやり回想する。

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▲ 2006年のキム・ジソク.

'囲碁教育のメッカ'グォン・ガプリョン道場に入門したキム・ジソクはそこでイ・セドルに会ってペク・ホンソクに会った。 近くで強い先輩たちの囲碁を見て、また時折指導を受けたりもして'キム・ジソク囲碁'の基礎を固めた。

入段は14才を過ぎてだったので速いほうでない。 天才型棋士がそうであるように、手は早く見えるが慎重でないのが短所と指摘された。 異郷生活に適応できなくて途中で光州(クァンジュ)に帰ったりもし、大きく期待する周囲の視線も負担になった。 息子が苦しがる姿を見た家では、やめさせようかと何度も心配した。

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▲ 2007年囲碁リーグ プロフィール撮影時の様子.
 

入段後の成績は期待に沿えなかった。 幼年期と少年期を全て捧げて成し遂げた'プロ棋士'というタイトルに対する達成感のためなのか緊張が緩んで、これまでできなかった遊びにも陥った。 しばらく先にタイトルを取得して世界チャンプまで上がった同年齢カン・ドンユンの活躍像ともたびたび比較されたりした。

有望株キム・ジソクがしこりを放ってついに花を咲かせたのは2009年8月第5期韓国物価情報杯優勝だ。 美少年の顔をした綺麗な青年が巨艦イ・チャンホを決勝で2-0で折って頂上に上がるとすぐにマスコミのスポットライトがあふれた。 入段5年9ヶ月で味わった感激の初優勝だった。 

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▲プロデビュー後、初優勝を占めた物価情報杯決勝(2009年). イ・チャンホを2-0で折った。
 

かろうじて鼻を突き抜けたが多くの強者が陣を敷いているプロの世界は相変らず彼にたやすい舞台ではなかった。 通算三回占めた韓国囲碁リーグMVP、世界マインドスポーツゲームズ団体戦金メダル、農心杯優勝など同僚らと力を合わせた団体戦では自らの成績を出したが個人戦優勝カップはなかなか近づかなかった。

二回目の優勝までには再び3年8ケ月がかかった。 決勝戦相手は初めにはイ・チャンホであり今度はイ・セドルだった。 当代を代表していた相反する棋風の'両李'を相手に二回の優勝を編み出した。 

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▲ 2012年にはイ・セドルを決勝で3-0で完勝してGSカルテックス杯頂上に上がった。
 

一度負ける事もでき、勝つこともできることが勝負だと話してきたイ・セドルも0-3敗北に大いに衝撃を受けた様子だった。 年初にある媒体とのインタビューで自身の後に続く後継者に対する質問に多くの人々の予想とは違ってキム・ジソクを挙げ、その予言(?)に合っているわけだが自身は苦い痛みを味わったのだ。

"実際その記事レポートの力を得ました。 私もできるだろうという自信ができたのです。 ところが決勝1局を置く日、突然緊張感が押し寄せました。 勝てなくても同様に置くべきなのだがそれも出来ないのではないかと思って心配もしましたよ。 そうした1局に勝ったら気が楽になりました。 1局を敗れたならば結果は違うようになったでしょう。"

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▲キム・ジソクはネット碁をしない。 制限時間が長い世界大会とは違い早碁一色であることが感覚を乱すという考えを持っていて、また、負けたらストレスを受けることになることが嫌いなためだ。


決勝戦を通じて'キム・ジソク マニア'がどんどん増えた。 ボクシングだとすればインファイターであるキム・ジソクの囲碁. その拳の強さが恐れる事に値する。 その上に読みははやくて精密で鋭い。 これら全てが加わった戦闘力は圧巻だ。 劣勢に陥った瞬間すぐひっくり返す力を持った。 今までイ・セドルがそのようにしてきたように。

"自分の囲碁がそんなにワイルドだと思いはしなかったです。 スタイルもなくて…. ところがいつからか周囲から'君は戦い囲碁だ、君は戦い囲碁だ'と言われるんです。 そのような声を度々聞いているとそうなるようです。"

 
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入段前にペク・ホンソクなど戦闘囲碁を駆使する先輩たちとの対局で鍛練を受けた影響も及ぼした。 だが、むやみに戦わない。 戦闘一辺倒という一部指摘に対して"有利なところで戦うだけでむやみに戦いにはいきません"として真顔になる。

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▲赤い糸というのか。 TVで見たキム・ジソクに会いたいと思ったのは妻の友達だったが不思議と約束の時ごとにその友達に事情ができて妻と席を共にした時間が多かった。

 

2012年年末には彼の囲碁人生にまた一線を引くことが起こった。 ソウル大学校大学院を卒業した三才年上の妻を迎えたのだ。 人生の第2幕を開いた結婚は勝負師キム・ジソクに大きい影響を及ぼした。 その時から成績が徐々に上がり始めるとついに2014年に大爆発した。

"結婚後確実に気が楽になりました。 勝った時や負けた時、妻は表情に出さないで一様に気楽に対しようとします。 そうした点がいつも有難いです。"

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▲ "結婚は二十才ぐらいにすると思いました。"父は兄がいるのにキム・ジソクに幼い時から結婚を早くしろとの言葉をよく言った。


前は碁だけ打つという考えであったが結婚したら刺激されるという話もある。 囲碁内容も忠実になったという評を聞く。 はやい読みには精巧さがより増した。 初期に自ら弱点として選んだ形勢判断は誰よりも高精度になった。 何年か前に習った柔道が体力と精神力強化を助けたといって、現在はバドミントンを楽しむ。

"事実技量的な面は増えたのかよく分からないです。 それより心構えがちょっと変わったようです。 以前には1ヶ所に深く食い込むスタイルだったがもう広く見ることになりました。 局地戦で少し負けても別に焦らないで'勝負は長い'と考えるんです。 碁盤が広くなった感じです。"

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▲相手陣営でよくうごめいているので'けいれん類'というニックネームを持っているタン・ウェイシンを2-0で制圧して初めての世界制覇を成し遂げた。
 

三星火災杯をパッと持ち上げたキム・ジソクに2015年は特に重要だ。 事実優勝後に痛い敗戦も何度かあった。 それに対して道場先輩イ・セドルは"大きい大会を優勝した後にたるむのは人の常"とした。 

三星火災杯優勝で今年開かれるすべての世界大会の本戦チケットを確保した。 その開始は三星火災杯と関係なく昨年にすでに予約しておいたLG杯決勝戦だ。 翌月パク・ジョンファンと繰り広げるこの勝負は国内ファンたちにはどちらが勝っても楽しい’兄弟決勝'だが'天敵'パク・ジョンファンはキム・ジソクが必ず克服しなければならない対象だ。 

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▲三星火災杯を優勝した日、パク・ジョンファンはキム・ジソク先輩に祝いメールを送って、それを受けとったキム・ジソクは感動した。 二人は2月9日からLG杯決勝戦を行う。
 

世界一になるという目標を明らかにするよりファンたちに良い勝負師として残りたいということを目標だと話す彼だが、LG杯決勝戦の結果により'キム・ジソク時代'がパッと開かれるのか、その時期が遅れるのか左右されるだろう。

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▲三星火災杯優勝で1年間世界大会本戦シードを確保したこと以外にも優勝当日夕食を食べに行くところで中国棋院ワン・イー部長から賀歳杯出場提案を受けた。 中国が春節を記念して開催する賀歳杯は韓中日で1人ずつ出場するが、賞金が優勝80万中国元(約1億4000万ウォン),準優勝40万中国元(約7000万ウォン),3位20万中国元(約3500万ウォン)に達する。 キム・ジソクの言葉を移せば"優勝すれば中国リーグ一年分より多くの賞金".