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イ・セドル-古力10回戦が残したもの
中国メディアが提起した古力の敗因

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▲イ・セドルは10回戦を勝利した。


世紀の対決イ・セドル-古力10回戦第8局が重慶で終わった。古力の故郷である重慶で行われるので古力の母親と妻ルィ・ウィエニャンと娘が皆対局場にきて応援した。 

その他にも中国甲級リーグの重慶チーム員もきたし、彼の恩師でありこの日審判(立会人)を引き受けたヤン・イーも姿を表わした。 数百人の囲碁ファンたちも現場にきて観戦をしながら古力に応援を送った。 だが派手な応援の雰囲気とは違って古力は再びイ・セドルに敗れて総合成績2対6で敗れて10回戦を終えたし、10回戦のすべての賞金500万中国元はイ・セドルに戻った。 

対局が終わった後報道機関は先を争って対局場へ向かった。復碁をする古力の姿は落ち込んでいた。 古力が復碁を終えた後、碁盤にサインをするとメディアとのインタビューもなしにすぐに対局場を出た。 彼の妻は自身が電話をしても受けないと伝えた。 

あるネチズンは"2005年以後かろうじて韓国よりより多くの優勝を積み重ねたがその塔があっという間に崩れた。 ニェ・ウェイピン、マア・シャオチュン、常昊、古力など中国の囲碁英雄がすべて韓国の囲碁天王に崩れた歴史をきれいに消すことはできなくなった。"と嘆いた。 

スポンサーの立場では最後の10局までみなぎる緊張感が回るべきなのに2対6と薄味で終わって興行に若干失敗した感がなくはない。当初二人がすでに世界1人者席を争う人物でないという点で興行減少要因をかばって始めたが10回戦進行中の全体的な流れでも緊張感は落ちた。
 
古力の立場では負けたことも負けたことだが2対6でとてもみじめに負けたという点でプライドを傷つけられた。古力は10回戦でずっと追撃する立場に置かれた。2対6は過去日本囲碁では先相先の手合割. 

検討室で弟子の最後の対局を見守った重慶棋院のヤン・イー院長は"古力は当時高原地帯に対する反応がちょっとひどかった。簡単な手も見られなかった。全体的に彼の実力をまともに発揮できなかった。これは彼が負担をたくさん感じたようだ。"と話した。 

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▲ 10回戦の最後の対局.

10回戦は囲碁歴史上重要な意味を持つが10回戦が広がる時点もとても重要だ。2009年6月、イ・セドルが突然休職を宣言するとすぐに中国では彼と古力の10回戦を推進させる動きが起こった。 

当時1人は三星火災杯、LG杯優勝者であり、またもう1人はBCカード杯と富士通杯優勝者の位置にあった。 この時の古力とイ・セドルの対決はまさに世界1人者の席を決める対局だった。 こうした中10回戦を主催しようとする側から敗れる側の傷が大きいという憂慮の声とスポンサー費用問題で10回戦を行う良い機会をのがしてしまった。 2010年広州アジア競技大会を控えて10回戦問題がもう一度言及されたが同じ問題によって再び失敗に終わってしまった。 

2012年梦百合グループで10回戦を後援することにしたが、この時はすでにパク・ジョンファン、ス・ウェなどが急浮上して世界1人者席を争う時期に入り込む頃だった。 出発から世界1人者席を争う人物の対局ではなかった。 古力は中国内ではすでにス・ウェ、チェン・ヤオイェなどにランキングと勝率全て劣っていたし、イ・セドルもやはり韓国内ではパク・ジョンファン、キム・ジソクより良い成績を記録できなかった。 二人とも国内1人者席を全て奪われた状況だった。 

中国メディアは古力の敗北に対して診断した。 1月に始めて毎月一勝負を置くのは日程上大きい問題にならない。 しかし10回戦1,2局は中国春節(正月)前後に進行されたのだが中国囲碁界は以前にはこの期間は公式対局を進めなかった。 10回戦は大多数の棋士が北京を離れて永らく離れていた故郷へ戻って周辺の雰囲気も遊んで食べて飲む雰囲気で大会が始まった。 

また、高原地帯での対局が古力にとってのホームでの長所が短所に変わったと診断した。 古力はシャングリラ対局以前にイ・セドルに3連勝をおさめていて、番碁対局を2対2(そのうちの一勝負は招商地産杯)を作って上昇の勢いに乗っていた。 だが、高原地帯の対局で苦戦してかえって対局場所が彼に合わなかったと見通した。 

イ・セドルは以前に"5局であるシャングリラが今回の10回戦の転換点だ。 高原地帯で戦うことになじんでいなかった。 だが勝って機先を制したい。"と話した。 当時古力はシャングリラが自身の身体的優勢とホームの優勢を活用できる機会といったが実際の対局で数回失敗を犯しながら7局であるラサでも事前適応訓練をしなくて勝った囲碁をミスで失ってしまった。 

また、彼は10回戦のために国内の色々な大会出場をあきらめたりもしたがこれが果たして10回戦に役に立ったのかと思う疑問を提起した。 

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▲イ・セドルが10回戦最後の重慶対局を勝利した。


外部的な変数もあった。故郷で背水の陣を敷いた古力は、対局を準備していた故郷の後援企業が突然10回戦開催に難色を表明して盤上以外のことで頭を痛めた。最終的にあらゆる水底交渉で大会は予定通りに行われたがとにかく心は楽ではない状況だった。 

そして古力の技術的欠陥が存在したという点を挙げた。 このような欠陥は彼の心理状態が作ったようだ。 中国の多くの記者の記憶の中に第8回農心辛ラーメン杯主将戦最終局で古力がイ・チャンホに逆転負けにあった後、多くの媒体がカメラ フラッシュをさく烈させる中で彼が髪の毛を握りしめる姿はまだ多くの人々の記憶の中に残っている。 以後彼の手の行く所で置く突然手(?) は重要な試合でしばしば出没した。 今回のラサ10回戦でもハネその一手のために現在のような結果を招くきっかけをもたらした。 

古力は阿含桐山杯、TV早碁戦、NEC杯などの早碁戦で全部優勝したことがある。 これはマア・シャオチュンと古力以外に達成したことがない記録だ。 だが、長碁で秒読みに入れば彼は自分らしさを失ってしまうようだ。 2007年三星火災杯準決勝戦でパク・ヨンフンに敗れたのがその例. 兪斌総監督も彼のこのような短所を指摘したことがある。 

緊張感なしでイ・セドル-古力10回戦は終わった。果たしていつまた、このような10回戦ができるだろうか?10回戦開催はタイミングがあることだ。最近世界大会で二回以上優勝した人物がない中で10回戦を行うほどの人物が現れることは当分は難しいという意見が支配的だ。