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瀬越の死に関する医学的見解
愛弟子失った悲しみに自殺選択
  
 曺薫鉉
▲韓国囲碁の看板スターチョ・フンヒョン.

 

1953年今日(3月10日)、戦争の傷が壊疽を流していた全南(チョンナム)、木浦(モクポ)で神童が生まれました。

囲碁天才チョ・フンヒョン. 六才の時ソウルに上がってきて本格囲碁授業を受けて九才の時、最年少プロ棋士になります。 翌年日本の瀬越憲作(1889~1972) 9段の弟子になります。 瀬越憲作は一生で3人の弟子だけ置きました。 チョ・フンヒョンと日本の橋本宇太郎、中国の呉清源でした。 

1972年3月チョ・フンヒョンは軍隊に行くために帰国します。 師匠は空が崩れたようにため息をつきました。 韓国兵務庁に直接嘆願書を出すなどあちこちで飛び回ったが仕方ありませんでした。 

彼は7月に自ら命を絶ちました。瀬越憲作は二通の遺書を残しましたが、一通は家族に'老苦でこれ以上世話になりたくなくて先に離れようと思う'という内容であり、また一通は友人と後輩に'チョ・フンヒョンを必ず再び連れてきて大成させることを望む'という切実な要請でした。

日本新聞はいっせいに瀬越憲作が一ヵ月前ガス自殺したノーベル文学賞受賞者川端康成に沿って自殺したと報道したが、弟子曺薫鉉を失って自殺したものと見るべきです。 オンライン百科事典ウィキペディアも'瀬越憲作には弟子チョ・フンヒョンが軍隊に行った後に自殺した'とだけされています。 

この前東亜日報キム・ファソン記者のインタビュー記事でチョ・フンヒョンはこのように話しました。

"師匠の死を聞いてしばらく頭の中が白くぼんやりしていた。 師匠は梁に首をくくったのでなく座って自ら自身の首をしめて亡くなったといった。 歴史上そんなことはなかったという。 普通の人間ならば'自ら手を離してしまう'ということだ。 それだけ師匠は大串のような方だった。

友人川端の自殺も影響を及ぼしたが、恐らく私の帰国が90%ぐらい原因ではなかっただろうかと感じる。 そう考えただけで胸が詰まった感じでよく聞こえなくなる。 しかもその数ヶ月後に私が子犬の時から育てた秋田犬ベンケイがご飯を食べなくてふらついて死んだという。 その話を聞いて思わずぼろぼろと涙を流した。 師匠の死にも出てこなかった涙が出てきた。 私が離れる日、低くフーフー言って悲しい目で私を眺めた姿が今でも鮮やかに目に浮かぶ。"

瀬越憲作が自殺するとすぐに当時の日本メディアは人間が自分自身の首をしめて死ぬことが可能なのかに対して論議を報道します。 人間は首をしめると無意識の内に手を離してしまうことになっているということです。 瀬越憲作には超人的精神の所有者であるからこのような自殺が可能だったということです。

しかし当時とは違い最近の法医学では十分に可能なこととして見ます。 法医学では首が押さえられれば息が出来ずに死ぬ事よりは脳に行く血管が詰まって脳卒中がおきたり、首にある太い神経が刺激されて心臓に不整脈が起きて亡くなると解釈します。 首骨損傷もサインです。 高齢の瀬越が首を押した時、急性身体反応によって亡くなったということです。 

とにかく、師匠の切実な願いのままにチョ・フンヒョンは世界的棋士になります。 そしてまた'石仏'イ・チャンホの師匠になり大韓民国囲碁の格を上げます。 弟子が去った席を見て胸を痛めて極端な選択をした師匠が正しいかは分かりません。 だが明らかな事はあります。 人には誰にでも師匠がいて、天才は立派な師匠なしでは作られることができないという事です。  

原文記事:タイジェム - 大韓民国1位囲碁サイトTYGEM.COM 

※2015/06/14修正

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