危機の韓国囲碁、どうするのか? (2) 
20131210


2013年韓国囲碁の最も骨身にしみた点はやはり中国囲碁に追い越されたことだろう。団体戦では優勝を奪われなかったとは言うけれど個人戦をみなのがしたというのはどんないいわけをしても韓国囲碁の衰退を意味する。

18年ぶりの世界大会(個人戦)無冠は墜落の信号弾に過ぎないのかもしれない。 予想以上の成績表だったのでさらに情けなかったし、このまま行くと私たちが侮ってみている台湾囲碁にさえいつの間にか押される日が来ることという懸念まで出てくる。

敵を知り己を知れば勝つことができるといった。 もう敵のレベルを痛感したので己の現実を新たに悟ることが非常に重要になった時だ。 バブルの中で己惚れなかったか、今は韓国囲碁自身を冷静に振り返ってみる時期だ。それでこそ答えを探すことができる。

これに対しサイバーオロは[年末年始企画特集シリーズ]で統計を基に‘ランキングコラム’を書いているペ・テイル博士の声を聞いてみる。ペ・テイル博士は年末まで二編をかけて‘危機の韓国囲碁’に対して連載して、3弾では新年最大の関心事である‘イ・セドル-古力10回戦’に対して展望する。–編集者 注-





西暦2013年は韓国囲碁歴史で道しるべを書き換える年になった。 韓国は今年国際碁戦で一度も優勝できなくて1996年から2012年まで17年の間毎年一個以上の国際戦タイトルを取得する伝統を守ることができなかった。 それだけではなく長い間‘韓国が囲碁最強国’と自負心を持ってきたが、もうこれ以上韓国が囲碁最強国だと主張できない。 今後も長い間韓国が囲碁最強国にはならないだろう。 これは本当に韓国囲碁の危機だ。 この危機をどのように対処していくべきか?



 

過ぎた日の栄光

長い間韓国が囲碁最強国だと主張してきた根拠は何か? 

初めには富士通杯で日本棋士が続けざまに優勝して日本勢力が侮れなかったが段々日本は弱くなって韓国が登場した。 1996年からは韓国が囲碁最強国だと話すことができる程韓国の優勝がさらに多くなった。
 

するといつまで韓国が囲碁最強国だったと話せるのか? 
 
- 2008年にイ・セドルが三星火災杯とLG杯で優勝したし、古力が富士通杯とトヨタデンソー杯で優勝して韓国と中国が伯仲の勢いであった。 
 
-翌年には中国が4個のタイトルを取ったし韓国が2個のタイトルを取って中国が優勢だったが、私たちのエースであるイ・セドルがこの年下半期に休職したためだと弁解することができる。 
 
- 2010年には孔傑が富士通杯とLG杯の二つのタイトルを取ったし、イ・セドルとウォン・ソンジンがそれぞれLG杯と三星火災杯のタイトルを取った。 
 
- 2011年にはイ・セドルが二回優勝したしパク・ジョンファンが富士通杯で優勝したし古力とパーウォンヤオがそれぞれ三星火災杯とLG杯で優勝して韓国が3対2で先んじた。 
 
- 2012年にはイ・セドルとペクホンソクが三星火災杯とBCカード杯でそれぞれ優勝したし、チャンウェイジェがLG杯で優勝して、韓国が先んじた。 


このように2008年-2012年までは韓国と中国が国際戦タイトル数で二転三転したが、韓国が少し先んじたと見られて、また、何よりも世界最強であるイ・セドルがいるので韓国が囲碁最強国だと主張できる根拠があった。 

しかし2013年にきてはそのような主張を口の外に出すこともできない境遇になった。 今後イ・セドルやパク・ジョンファンが中国のどの棋士より世界ランキング1位を占めることになるにしても韓国が囲碁最強国だと主張できなくなるだろう。

それは世界1位が違う棋士を圧倒する実力差を見せるのではなくて似た何人かの強者のうちで若干良い群雄割拠時代に突入してきたためだ。 それで最上級棋士がはるかに多い中国がより多くのタイトルを取得するためだ。 




何が目標か?
 
ある人々は中国は人口も多くて囲碁関心も高くて囲碁に対する国家的支援が大きくて韓国囲碁が中国囲碁とは競争できないと話す。 事実だ。 だが、それでもこのまま手を離して眺めようということは敗北主義に過ぎない。 何の改革もしなくてこのまま出て行けば日本囲碁の前てつを踏むほかはない。 
 
今活躍している1980年代生が歳をとればパク・ジョンファンとキム・ジソクにだけ世界タイトルを取ることを期待するほかはなくて、彼らは似た実力を持つ数多くの強者中の一つに過ぎないので運が良くて一回ずつタイトルを取るほかはないだろう。

彼ら以外には期待する棋士があまりなくて、韓国棋士が国際戦8強戦に一人も上がれない場合がしばしば起こるだろう。 すると囲碁に対する関心はより一層冷め、そこからは簡単に抜け出すことができないだろう。 

したがってまだ余力がある時に改革しなければならない。 更に遅れれば改革する動力もなくなって改革しても効果は微小になる。

ここで確かめて行かなければならない重要な点は韓国囲碁が中国に押されるのは中国囲碁が強くなったためだけでなくて韓国棋院の政策的失敗が重要な理由というものだ。 これは心と考えだけあるならばすぐに是正して施行できる部分だ。






実力が伸びない新鋭棋士らと早碁
 
筆者が統計的ランキング方法を韓国棋院の公式ランキング制度で開発した後に実力が伸びる新鋭棋士がいるのか注目して見守った。 初めにはハン・サンフンとキム・スンジェに期待をかけて見たが彼らの実力は時間が過ぎても別に増えなかった。 次にカン・ユテクに、その次にハン・ウンギュとアン・ヒョンジュンに、その次の年にはアン・ククヒョンに順に期待をかけてみたがこれらすべて実力が伸びなかった。 

中国の新鋭は爆発的に増加しているのに私たちの若い棋士の実力が伸びないということは非常に深刻な問題であるからこの問題を体系的に分析することにした。 その結果を下文に発表したことがある。


企画/「キラキラ初段」は「キラキラスター」? 

この文では2006年から2009年間に入段したすべての韓国棋士のランキング変化推移を調査した。 何人かの例外を除いてはほとんど多くの若い棋士が20才になる前からランキング点数が増えなくて足踏みしているということを発表した。 

この原因を発見するために筆者はさらに詳しい資料を収集して2004,05年に入段した棋士らと2010年に入段した棋士の点数変化を追加で調査してもう一度扱った。


そこで得た結論は入段直後から韓国囲碁リーグに参加した棋士はほとんど大部分の実力が伸びなかったし、実力が伸びた新鋭棋士の大部分は韓国囲碁リーグに参加しなかった棋士だった。 
 
これは入段直後から早碁に染まれば囲碁実力が伸びないためだと解釈することができる。 このような解釈を確認するために早碁が蔓延しなかった2000年以前に入段した強者のランキング点数変化を調べた。 

すでに30才を越えたチョハンスン、アン・チョヨンは30才まで実力が伸びていたのを発見した。 まだ30才にならないチェ・チョルハンとウォン・ソンジンは25才を越えた現在まで実力が伸びてきた。 
 
これに対し早碁が多くなる1,2年前である2002年に入段したカン・ドンユン、イ・ヨング、ユンジュンサン、ホン・ソンジ、などは23才頃まで比較的はやく実力が伸びてその後には遅々として進まないのを発見した。 したがって早碁の影響のせいで90年代に出生した棋士の実力が20才になる前から増えないという結論が根拠がないということにはできない。




なぜ早碁が問題か? 
 
まず、ほとんど多くの棋戦が早碁戦に変わって長考碁を打つ機会を剥奪している。 長考碁を打ってこそ深い読みの練習になるのにそのような機会を持つことができないので読みの実力が時間が経ってもあまり増えないということだ。 

オープン棋戦のうちで名人戦が2時間で国手戦が3時間で長考囲碁はこの二つの棋戦だけだ。 olleh杯と天元戦が1時間のなので準早碁戦が二つだ。 その他にKBS囲碁王戦、物価情報杯、十段戦が皆早碁戦で韓国囲碁リーグも早碁戦だ。

このような状況だから新鋭棋士が深い読みを練習する対局が不足する。 さらには新人の時に二つだけの長考棋戦で脱落すれば長考囲碁は1年に指を折って数える程しか機会がない。 



第二に、早碁が蔓延して早碁の悪い影響を受けるという点だ。 もし早碁の悪影響が少なくて読みの練習する機会を剥奪しさえすれば若い棋士の実力が遅くなっても少しずつ増えることだと期待することができる。 多くの新鋭棋士が20才になる前から増えないのは早碁が実力向上を邪魔するのに大きい影響を及ぼすと見るほかはない。 

早碁では中盤に誰がより大きい失敗をするかにより勝負が決まる手が多いと見ると相対的に布石勉強を軽視することになる。

私たちの棋士が中国選手たちに布石で押されるという話がそのまま出てきたのではない。 
また戦うことかやめることかを選択する時深い読みの後に従った形勢判断によるのでなく棋士の好みによって決めるクセも早碁の悪い影響だ。 そのような形の盤面運びは読みに強い上手に会えば大きく当てられるほかはない。

また、早碁戦で読みが後押しされなかった勘で読んだ手の印象がとても強くて長考囲碁でもその勘で読んだ手が頭の中にぐるぐる回ってそこから抜け出すことができなくて結局はそのまま着手する場合が多くなる。

良い大工はクギをはやく迅速に正確に打ち込む。 このような能力を備えるためにいい加減にはやく釘を打ち込む練習をしない。 そのようにしてはさらに正確にはやく釘を打ち込む実力を育てることはできない。 遅くてもクギを正確に打ち込む練習をしてみるならばますます円熟して従当には迅速に正確になることだ。 囲碁も同じことだ。 大まかに良い手を勘で早く探す練習を幼いころからしては最上の手を早く探す能力を持つことはできない。 時間がかかっても最上の手を探す練習をしてみるならばそのような手をはやく探すことができるようになるだろう。

ある者は中国棋士もインターネットで早碁をたくさん置くと話す。 しかし彼らは数多くの長考碁を打ってそこに早碁練習までするので早碁の悪いクセには簡単に染まらない。 これに対し韓国棋士は長考囲碁はほとんど置かないで早碁だけ置くから問題だ。




入段制度の改善
 
入段年齢上限を15才に下げようという主張を“早碁は毒だ”という文ですでに強く明らかにした。 入段年齢を18才にするとその年齢まで囲碁に集中投資して失敗すれば他の進路を探すのが難しい。 投資は多くて危険負担は大きくて帰ってくる利益はそこに比べて小さいならば碁の才能がある子供たちが囲碁の道を探さなくなる。 
 
それでもこのような問題を改善するどころか入段年齢上限をかえって伸ばして25才を越えた人も入段できるように改悪された。 中国棋士のうちには17才で世界戦優勝する人が二人も出てきたし、パクジョンファンが18才で世界戦で優勝したが18才でやっと入段した人に何を期待することができようか? 

入段年齢上限を低くしてこそ投資費用が減って危険負担が減って囲碁の道を探すことが魅力的でありうる。 それでこそ碁の才能がある子供たちが囲碁を志望することになるだろう。 棋才ある子供たちが囲碁の道を探さなければ百薬が無効だ。 日本は毎年何人かの入段者などを出すが碁の才能がある棋士が殆どなくて日本囲碁が国際競争力を喪失したのだ。





棋戦進行の問題
 
今年私たちの選手が誰も世界タイトルを取ることができなかったが二つの棋戦では特に物足りなさを持つ。 まず応氏杯決勝だ。準決勝後数ヶ月経ってから開く決勝戦をよりによってパク・ジョンファンが農心辛ラーメン杯でチャンウェイジェとシェホを相手に二局を置いた直後に心身が疲れ果てた状態で持つようにしたことだろうか? これは韓国棋院の大きな失敗だと見る。 パク・ジョンファンが正常な状況でパンティンウィと対決したとすれば結果は違って出てきただろう。

ここで注視しなければならないことはウィ・ピン監督が出場選手のためにどれくらいキメ細かい配慮をしたのか、プロ棋士のマネジメント役割をしている韓国棋院は考える必要がある。

彼は宿舎から対局場まで二回も往復しながらどれくらい時間がかかるのか測ったという。 年齢幼いパンティンウィがとても早く到着して大人たちに挨拶するのに忙しければ対局に臨む闘志が弱まるかと思って対局開始1,2分前に対局場所に到着して対局室にすぐに入れるように、このように詳細なところまで気を遣ったという。 昼休み時はパンティンウィと共に食事をしながら安らかに見守ったという。 

しかしパク・ジョンファンは対局日に一人で昼食を食べた。 監督が共に食事をしようといっても不便でかえって役に立たなかっただろう。 韓国棋院は優遇次元で主に元老や中堅棋士を世界大会に団長(監督)として送ることがわかっている。

これも選手にとって安らかに、具体的に役に立つ人を選んで送る細心さがあったら良いだろう。 古参棋士に特権を分けてやるという観点で戻りながら送る式になってはいけない。 応氏杯優勝と準優勝の賞金の差が非常に大きくてそれの1/10を韓国棋院が受ければ韓国棋院の財政的な立場だけで見ても大変重要だが、そこに合うように決勝対局日程と監督の選抜に注意を注いだら良かっただろう。 



棋戦進行という観点で二番目に惜しいのはイ・セドルの三星火災杯決勝戦だ。 イ・セドルが年末が近づきながら国手戦決勝、olleh杯決勝、名人戦決勝、その上に囲碁リーグ ポストシーズンが重なっているが、そのような渦中で三星火災杯決勝をむかえることになった。

このような殺人的スケジュールの中でイ・セドルが三星火災杯でまともに実力発揮することを期待するのは難しい。 イ・セドルが2013年前半期に振るわなかったのでこの程度だったがもし前半期にも活躍したとすればさらに忙しい対局スケジュールのために苦しめられただろう。 

なぜ数多くの棋戦の決勝戦が年末に進行されるようにスケジュールを組むのか?

私たちの最高選手を保護するためにも棋戦スケジュールをもう少し合理的に調整できないか? (日本や中国と違い韓国は、スポンサーからの予算確保と予算が支給される時期がでこぼこして、次の大会が持続するのかどうかなど不確かなことが多くて1年単位で日程を確定しておいて入るのが大変だという話を聞いたことがある。 だが、こういうものをシステム的に解決せずにはいつまでもあたふたとあわてることになるだろう。) 

これに対し比べて中国棋戦の決勝は一年中よく配置されている。 西南王杯2月、イ・グァン杯4月、中信銀行杯4月、天元戦5月、名人戦8月、ランカ杯8月、阿含桐山杯9月、棋王戦10月、ヨンソン戦12月などでよく分散している。

そして上位選手たちにシードを与えて殺人的スケジュールから解放させよ。 イ・チャンホの全盛期の時にも‘殺人的スケジュール’という言葉が広く知られたしイ・セドルの全盛期の時にもこの言葉が広く知られるのになぜ最上位棋士を保護するつもりがないのか分からない。

個人スポーツで韓国囲碁のように上位選手たちにシードを与えないスポーツを見たことがない。 タイガー・ウッズに予選から参加しろとのゴルフ大会があるならば彼は当然参加しないだけでなく個人的侮辱だと受け入れるだろう。 ナダルやチャコビッチに予選から参加しろとのテニス大会があるならばそれも同じことだ。 

中国でもすべての棋戦が少なくとも16人にシードを与えて予選を免除させる。 ところが韓国囲碁は上位選手たちを無視してほとんどすべての棋戦で予選から走らせるのか全く理解できない。 イ・セドルやパク・ジョンファンのような最上位棋士が150位や200位棋士らと対局することに何か意味があるだろうか? 韓国囲碁は自分たちに有利な時はスポーツだと主張して本来スポーツの良い点は受け入れない。シードを与えるのはすべてのスポーツの基本だ。 







韓国棋院の意志決定構造
 
最も重要な点を確かめて行こう。 すでに2年前から中国勢の登場を予想したし、早碁の弊害に対しても2年前に議論され始めた。 入段制度の改善に対してはさらにかなり以前からの話されてきた。 ところが問題の解決がなぜこのように先送りされているのだろうか? 

これは韓国棋院の意志決定構造に問題があるためだと見る。

もし国際競争をする企業が2年前に問題点を発見しても何の措置を取らなかったとすれば失敗して倒産しただろう。 韓国棋院は国際競争で保護された独占企業なのでこのようにもたもたしても存続できることだ。



韓国棋院の意志決定構造で何を改善しなければならないだろうか? 
 
最初にプロ棋士の影響を減らすべきだと見る。 韓国棋院の意志決定構造は、案件によりその時その時手続きが違うこともあるがおおむね常任理事会で決めることと知っている。

懸案によるので大型の案件は韓国棋院総裁(理事長)が駐在する理事会で決める。 これに先立ち棋士総会で討議や投票で意見を取りまとめたり棋士代議員会を通じて意見を陳述する過程を経る。 ただし棋士会(総会)や棋士代議員会は意見をいうことはできても議決権限はない。 

だが、韓国棋院最上位議決体は理事会だが実質的にプロ棋士の意見、影響が強く反映されているとのことを分からない人はない。 プロ棋士の利害得失と直結する事案に対してプロ棋士が意見陳述するのを非常識だと話す人はないだろう。 

棋士総会や棋士が代表で前に出した代議員は当然プロ棋士全員の会議体制だ。 ここに韓国棋院事務総長もプロ棋士が継続して歴任する。

外観上平時一般案件を決めている常任理事会にも13人中プロ棋士が4人入っている。 ここに棋士会長が参観人(オブザーバー)のように参加する。 最高議決体である韓国棋院理事会は普通特別な問題がない、非常な案件でない限りプロ棋士の意見のとおり可決するので前単位で政策を起案して取りまとめる組織体-棋士会、代議員会、事務局(総長)の考えがとても重要にならざるをえない。

特に棋士皆に影響を与える問題は属性上棋士会の‘承認(?)’なしでは施行するのが難しい構造だ。 プロ棋士だけの集結体ならばそのようなことが出来る。 だが、韓国棋院はプロ棋士協会の考えで遂行する所でないということを推し量らなければならない。 

韓国囲碁の意見陳述、政策決定過程でプロ棋士の考えだけ表わすのはややもすると閉鎖的な組織体で流れることができる。 補完する必要がある。 もう少し開放して透明に公開して多様な囲碁層の声が反映されることができる議決システムを用意する時だ。 どの組織階層でも‘自家改革’は暗い見通しであるためだ。 ‘入段制も改革’の遅遅不進がこれを代弁していると見る。 



なぜ棋士の影響が込められたのか歴史的に調べよう。

チェ・ビョンド氏が韓国棋院事務総長だった時に事務局の専横に快く思わない棋士らと衝突が広がった事件があった。 韓国棋士の大部分が1974年に韓国棋院を脱退して大韓棋院を結成したその事件が‘棋士波動’だ。

この波動を体験した後に棋士会の影響力が大きくなった。 そこに以後プロ棋士キム・ジェグと同名異人であるキム・ジェグ氏が韓国棋院事務総長で再任しながら財政的不正を犯したのが発覚したことを契機に棋士が事務総長職をひきうける慣行が始まった。 しかしこういうものは遠い昔に起きた歴史的事件でもう棋士会の役割を再考する時になった。


第二に、事務総長の裁量権を拡大しなさい。 事務総長が政策に関する責任がなくて事務行政に専念する感じがするが、事務総長の裁量権を拡大して責任あるように業務を遂行するようにした方が良いだろう。 確実な権限を与えて責任を問うものの、プロ棋士にだけ限定するのでなく人材プールを拡大する必要がある。 囲碁だけよければ万事栄える時代ではないためだ。 今はマネージング、マーケティングなどなどが要求される時代だ。

第三に、理事会が改善策を主導的に用意しなさい。 こうするためには理事が会議に集まるその日に問題に関し討論して決めてはいけない。 重要な問題に関してあらかじめ研究して必要ならば専門家たちを招請して意見を聴取する過程を通じて把握して決めていってこそ韓国囲碁が活性化されるだろう。 




結論-新しい総裁と理事会にかける期待
 
韓国が囲碁最強国になったことは韓国棋院が組織的な努力で得た結果というよりは外部的な順風要因と何人かの傑出した棋士のおかげが大きかったと見る。 見られないところで献身した韓国棋院の努力をすっかり無視するのではない。 劣悪な環境で苦労した点を認めながらもそれだけ体系的で一歩先に立っていく印象的な政策に接したことがないので、ファンたちの称賛が反駁したのだ。
 

趙治勲、チョ・フンヒョン、イ・チャンホが大活躍した1980~90年代末は囲碁ブームが源を発して中興した時期と英雄の活躍だけでも国民が歓呼して言論の照明を受けた。 しかしこれらに劣らない囲碁上手イ・セドルが2000年代に登場したがすでに囲碁最強国になじむニュースと勝戦ニュースはメディアの照明を大きく受けることもできなかったし、したがって囲碁の関心が高まることもできなかった。 

‘韓国棋院の努力によって韓国が囲碁最強国になったことでない’と強調するのではない。 筆者が惜しむ部分は‘私たちが享受したその時期がどれくらい尊いことかも分からない間にすでにのがしてしまった。’という漸移だ。

筆者は無条件的に韓国棋院を批判するのとは違うと自負する。 韓国棋院という‘丘’がなく韓国を輝かせた誇らしいプロ棋士の奮闘が続かなかったとすれば最強国の地位ははるかに遠かっただろう。 この点をよく知って誰よりも認めながらも今日多少激しい批判を注ぎ込むのは2000年代の‘失われた10年’が惜しくて残念だからだ。 苦しい形態を繰り返すことは止めようという呼び掛けだ。


静かに座っても回っていく時代があり‘最強国’の陶酔から覚めて一歩先に立って歩みをしなければならない時代があることだ。 ファンは引き続いた優勝の甘さに歓呼していても韓国囲碁を総括する韓国棋院は再び10年将来を準備していなければならない物足りない話だ。


過ぎた事はすでに過ぎ去ったので仕方ない。 中国囲碁に追い越されたのは当てられたことだ。 遅れをとったら靴紐再び縛って熱心に追いかけて行けば良い。 このような忠実な気持ちに筆者が間違えて騒いだ部分があるかもしれないにも関わらず非難される覚悟で、あえて分不相応な発言をすることになった。 

おりしも韓国棋院の新しい銃隊が推戴された。 今でも果敢な改革を行ってこそ韓国囲碁が小さくても競争力を維持できるはずだ。 そうでなければ日本囲碁のようになるだろう。 韓国棋院理事会がどれくらい意志を持って遂行するかにかかっている。